顔荒井呉服店 荒井芳枝さん インタビュー 「揺りカゴを動かす手」で、八王子をより良くしたい

第2話八王子を女性の力で変えたい

教育が生きる元を作ってくれた

荒井芳枝さん

私は大正一桁生まれですが、戦前は女にはあまり教育を受けさせたくない気風があったんですね。でも父が一人っ子の私を可愛がってくれまして、これからは女もどんどん教育を受ける時代になるだろう、と高等女学校に行かせてもらって。私は身体が弱かったので、空気のいいところということで、青梅のほうにあった第9高等女学校(当時東京府立)に通いました。朝4時25分発の電車に乗らないと間に合わないんですが、それが良かったのか2年くらいでもりもり健康になりましてね。

英語科と裁縫科があって、母には裁縫科だと嘘をついて、実は英語科に入ったんです。母からはずいぶん材料のいらない学校だねえ、なんて言われてました(笑)。第9高女にはいい先生がたくさんいらして、進歩的な思想の先生は当時みんな奥多摩に追いやられていたんですね。だから通り一遍の教育じゃなくて、学校が本当に面白かったんです。当時アカがかってると言われるような本もずいぶん読みました。成績は優だったけど素行点は良で、首席なのにどうするかって職員会議になったんですよ(笑)。英語はとても好きだったし点数も結構良かったんですよ。それで大変ブロークンでしたが、外人さんが来ても商売で困らないだけの語学は身につきました。

高女卒業後は東京家政学院で、ドロシー・エドガースという素晴らしいセンスの先生に服飾の色やパターンについて教わりました。そのおかげで終戦直後すぐ洋服が縫えたし、この布地にはこれが合うというのが分かるようになったんですね。学校で教わったことは有り難いなって本当に思いましたよ。外人さんとの商売も出来るようになって、生きる元を作ってくれたのはやはり教育だったと思うんです。


国際ソロプチミストの活動に参加

――ボランティア活動もやっていらっしゃるとうかがったんですが、どんな内容なのでしょうか? きっかけなどもお聞かせください。

私は日本人に生まれたことはもちろん誇りに思っています。いいところがたくさんありますしね。ただ、戦後米軍の人たちを相手に商売して、いかに西洋の人は女性を大事にするかって感じました。また女性が活発なんですね。レッドクロスの将校さんは女性だし。私はそれが国の栄え方が根本的に違う原因の一つじゃないかと思うんですね。

そんなこともあって、23年前に私は友人と誘い合って「国際ソロプチミスト」という、管理職・専門職の女性の国際的ボランティア奉仕組織に入りました。世界で女性が仲良くなって人権と女性の地位を向上させようという会ですが、当時は八王子には無かったので武蔵野の会に3年通いました。外から自分の町を見るようになって思ったのは、八王子みたいな機屋さんの街は閉鎖的だなってことですね。女性の立場や考えも遅れているし。

昔は「女が外で勤めるもんじゃない」なんて言われて、それは戦後もかなり残っていましたね。私の母も「女はお茶とお花と裁縫が出来れば教育なんかいらない」という考えでね。私は活発にいろいろやりたかったですから、昔の八王子っていう土地はあんまり好きではなかったです。

武蔵野のソロプチミストには有名なアナウンサーの奥様や前進座の俳優の奥様など文化人が多かったですし、とてもデモクラチックでした。その後、八王子の会を立ち上げたんですが、八王子にも武蔵野を超えるような文化的な女の人たちが増えて欲しい、女性が男の人を追い越すくらいになって欲しい、と思って本当に懸命にソロプチミストに尽くしました。今年で八王子は20周年ですが、当時の八王子創立メンバーで残っているのは私だけですね。


――どんな活動をなさっているんでしょう?

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国際ソロプチミストが寄贈したJR八王子駅前デッキにある時計

八王子では浅川の清掃や桜の植樹、毎年チャリティーの売上を教育関係機関に寄付したり、困っている子供さんたちの電話相談を受けたり、などです。一番皆さんの目に触れやすいのは八王子駅のデッキに寄贈した時計でしょうか。その他には八王子独自の芸能、車人形の保存のために毎年寄付をしています。

とにかく、文化やいろいろな方面で協力して女性の活動を活発にしていこう、ということを先達になってやってきました。今は私たちが現役だった頃より組織もずっと複雑になって、大勢の人が参加しています。私はもう年で、最近は若い方たちに任せていますから詳しくは分かりません(笑)。ただ、みなさんとても大事にしてくださるので、今は一番尻尾のほうにいるんです。

かつての温かい街を取り戻すには

――戦前・戦中・戦後と八王子にいらして、今の八王子についてどんなふうに感じていらっしゃいますか?

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シャッター締め切りの店や駐車場になった店が点在する「シャッターストリート」

最近は不景気でしょう、どうしてこんなふうになったのかな、と思うくらい。難しいことは分からないけれど、八王子も以前とはガラリと変わって、シャッターストリートになってしまって、やたらと鉄筋の建物が増えて、ひと頃のような温かい街ではなくなりましたね。町のことは常務(橋本 孝さん)が詳しいですから、この人から話してもらったほうがいいわね。

商店街の今一番の課題が、シャッター通りにならないようにということですね。それにはもちろん個店も努力しなくちゃいけないんですが、個人の力で出来ないことは皆さんで力を合わせてやらなくちゃいけない。例えば発展している町には人が集まるアミューズメントの場所がたくさんありますが、そういうことはやっぱり八日町なら八日町でやっていかなければいけない。

ただ、変わってしまったなと思うのは、昔の商店街はちょっと出かけた時に立ち寄って、立ち話をしたり座り込んでお茶を飲んだり出来るところだったんですね。ところが今はどこでもお客さんが来たらものを売るんだ、何か買ってもらわなくちゃいけないんだ、っていう感じがあるでしょう。それが何か間違っているんじゃないかと思うんですね。昔の人たちはたぶん商売だけじゃなかったと思うんですよ。

先日、武蔵村山の日産工場跡地の「ダイヤモンドシティ・ミュー」に行きましたが、相当な人出でしたよ。ところが賑わっている真ん中の通路のわきで腰掛けているお年寄りが多くてね。店では所在ないし疲れちゃうからでしょうけれど、あれを見ると商店街がやれることはまだまだあると思いましたね。お店で休んだり話をしていけるように出来れば、また活気が戻るんじゃないか。それは商店街の各店がやろうと思えば出来ることでしょう。

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昭和30年の八日町(奥に荒井呉服店の看板が見える)

私が会長の後についていろんな会議に出て思ったのは、全てリーダー次第だなってことです。リーダーが聴く耳を持っているかどうか。今のリーダーって自分で言いたいことをどんどん主張するじゃないですか。でも本当はそうじゃないんだね。リーダーっていうのはいろんな人の意見を聞いてそれを実行に移す人なんだと思いますよ。たぶん昔はそういう人が多かったんだと思う。今、そういう人がいないから発展しないんじゃないかなあ。

橋本常務

「ゆりかごを動かす手は世界を動かす」っていう言葉がありますけれど、ヨーロッパなんかで商店が集まっているところはやっぱり女の人が活躍しているんですね。でも、八王子は土地柄なのか、女の人の力がまだちょっと足りない。市議会でも八王子はあまり女性が表に出てこないですよね。やっぱり土地の色っていうのはなかなか消えないけれど、何とかならないかと思います。

女の人が活躍するためには、男の人以上に努力しないといけないかもしれません。世界の中で日本女性のレベルをもっと上げるためにもね。



第3話 「教育と職業を自分の滋養に」 に続く