――末永選手は法政大学の水泳部ですが、部活はいかがでしたか。
「元々、法政大学は水泳が強かったので、インカレと言って大学対抗で日本一決める大会では、いつも優勝を狙おうっていう士気の高い部だったのです。選手としてもすごい先輩とかが沢山いて、高い士気とその人たちを目標にして4年間がんばって記録が伸びていったって感じなんです。その目標にしていた一人で僕のひとつ上の中野高先輩も、今度のオリンピックに背泳ぎで出場するのですよ。」
――その大学四年間で、水泳以外に自分の環境としては色々と変わりましたか?女性にもてもてとか(笑)
「もてないです、全然もてないですよ(笑)。でも変わった事としては、友達はやっぱ全国に増えますよね。全国大会などでよく会う選手などは、やっぱり仲良くなるじゃないですか。例えば北海道の選手だったら携帯番号交換して、何かで北海道に行くときには連絡を取って遊んだりと、ほんと人の世界は本当に広がったかなって思いますね。他には大学時代は水泳部の寮で集団生活だったので、多少礼儀も身についたかなって思いますよ。」
――寮で集団生活ですと、末永選手も食事当番とかしたのですか?
「食事は一年生の仕事だったので、みんなで順番にしましたよ。材料とレシピが寮用に送られてくるので、レシピを見ながら料理するって感じだったので何とかなるんですけれど、作るのが大変でした。寮生が40人いたら、魚40匹くるじゃないですか、それと一緒に肉も何十キロもくるんですよ。やはりバランスよい食事にしなければいけないので、魚料理作って、肉料理作って、野菜料理にお味噌汁、そしてご飯って感じになるんですけれど、それを40人分作るんですよ、一日一人で。」
――え、一人で?
「そうです。でも苦労しても僕の作る料理はあんまり人気なくて、でもそれを腕のせいじゃなくて送られてくる材料のせいにして、なんとか過ごしました(笑)」
――そんな中、八王子の市街で遊んだりもしたのですか
「放射線通りにある古着屋さんとか、京八の方の古着屋さんとかにはよく行きました。他にもラウンドワンでボーリングをしたり、部活では試合の後の打ち上げで飲んだり、個人的にも『花と蔵』とか『翔丸』とかで飲んだり、高尾山のビアガーデンに行って酔っ払って山の上で馬鹿やったりで、よく遊んでいました。いやー寮生活も含めて基本、常に面白かったですね。」
――なんか飲んでばかりですね(笑)。4年生の時はキャプテンだったのですよね。どうでした?
「自分の中で一番大変だったのは、やはり、それぞれに合った練習ってあるんですよ。全員が基本的には同じ練習をしているんですけど、その練習じゃちょっと合わない人がいたりとか、例えば1日7000メートルぐらい泳いでいるんですけど、7000メートルでは少ない人もいるしその逆な人もいたりとか、もっと違うウエイトトレーニングを沢山やりたい人とかもいるし、そういう一人一人の個性を分かってあげて、相談のって一番いい形のアドバイスをしてあげるっていう事に苦労しました。あとは、僕、人前で話すのが全然駄目なんですよ、緊張しすぎて噛みまくるんですよ。だから僕、キャプテンをやっていてチームのみんなの前で緊張してましたからね、毎日。うわー、こんなにいるよ、みたいな感じで(笑)」
――(笑)今回のオリンピックでは、そのチームの後輩も出場するのですよね。
「そうなんですよ、2学年下の内田翔という後輩が自由形のリレーで選ばれています。4年前のアテネオリンピックの時には法政大からは一人も出場できなかったのです。なので、この間のオリンピック選考会では、中野先輩や内田とも、3人で一緒に(オリンピックに)行きたいねってすごく話をしました。選考会では一番最初の種目が、僕の100メートルで、まず僕が出場を決めた時に、次は先輩とお前後輩の番だよって言って、じゃあ一緒に行きましょうねって、一緒に行くぞっていう風に。逆に言えば僕がその少し流れを作る事が出来たかなって。そして後輩が続いて最後のその先輩が決めてくれたんですけど、まぁ本当にいつも一緒にやってきているから、そのチームに流れも出来たし、やっぱその3人の気持ちも高まったのかなっと思っています。」
――では、3人で行く本番も心強いですね
「そうですね、でもオリンピックには日本チームとして行くんで、やっぱりそのー先輩と後輩だけじゃなくって、種目は一緒ですけど、例えば日本のキャプテンでもある北島康介さんがメダル1号とかになったら、全体で盛り上がるし、すごく良い日本チームになるかなって思います。僕もがんばります!」
――期待しています!
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